この記事の結論:静脈の血液は「暗赤色(赤黒い色)」で、青くはありません。青く見えるのは、皮膚内の光の散乱・吸収、血管の深さ、そして視覚による色の錯視など、複数の要因が重なった結果です。
自分の手の甲や手首を見てください。青っぽい筋が透けて見えませんか?

あれが静脈です。
でも待ってください。ケガをしたとき流れ出る血は、誰が見ても鮮やかな赤色ですよね。それなのに、体の中を流れている静脈はなぜ青く見えるのでしょうか?
「静脈の血は青いから」――そう思っている人も多いのですが、これは大きな誤解です。
今回の記事では、この身近な「色の不思議」を光の物理学と脳科学の両面から徹底的に解き明かします。子どもと一緒に読んで、「なるほど!」を体験してみてください。
動脈血と静脈血、色の違いはどのくらいある?
まず大前提として、動脈を流れる血液と静脈を流れる血液は、色が異なります。
動脈血は「鮮紅色(せんこうしょく)」です。傷口から流れ出る、あの鮮やかな赤色のイメージが動脈血に近いです。
静脈血は「暗赤色(あんせきしょく)」です。採血のときに注射器に引き出される、赤黒くくすんだ色が静脈血です。
両方とも「赤色」であることに変わりはありません。人間では、青色の血液は存在しません。
ではなぜ静脈が青く見えるのか。それを理解するために、まず血液の色が何によって決まるのかを見ていきましょう。
動脈と静脈の違いをおさらいしよう

血管には大きく2種類あります。「動脈」と「静脈」です。
動脈は、心臓からポンプで押し出された血液が流れる血管です。心臓が収縮するたびに強い圧力がかかるため、壁が厚く丈夫な構造をしています。
静脈は、体の隅々から心臓へ血液が戻っていく血管です。動脈より壁が薄く、血液が逆流しないよう「弁(べん)」が内側についています(特に手足の静脈に顕著)。手の甲や腕の内側、足首のあたりで青っぽく透けて見える血管は、ほとんどがこの静脈です。
血液の色を決める「ヘモグロビン」とは?

血液が赤く見えるのは「ヘモグロビン」という物質のはたらきです。赤血球の中に含まれており、酸素を全身に運ぶ役割を担っています。
ヘモグロビンには面白い性質があります。酸素を運んでいるときと運んでいないときで色が変わるのです。
肺から酸素を受け取り全身に届ける途中のヘモグロビンは「オキシヘモグロビン」と呼ばれ、鮮やかな鮮紅色をしています。体のほとんどの動脈血の赤色はこれです。
一方、細胞に酸素を届け終わり心臓へ戻る途中のヘモグロビンは「デオキシヘモグロビン」と呼ばれ、くすんだ暗赤色になります。体のほとんどの静脈血の色はこれです。
つまり「動脈血は明るい赤、静脈血は暗い赤」。色の違いは、ヘモグロビンが酸素を持っているかどうかによるものです。
なお、肺へ血液を送る「肺動脈」には酸素の少ない血液が、肺から心臓へ戻る「肺静脈」には酸素の多い血液が流れており、例外も存在します。「動脈=酸素あり、静脈=酸素なし」はあくまで体循環における一般的な話です。
なぜ静脈は「青く」見えるのか?――複数の要因が重なるトリック
科学的な研究によると、静脈が青く見える理由は「光の散乱・吸収」と「視覚による錯視」をはじめとする複数の要因が重なった結果とされています(Kienle et al., 2011)。
要因1:赤い光と青い光では、皮膚への「しみ込みやすさ」が違う

光には色ごとに「波長(はちょう)」という性質があります。青い光の波長はおおよそ400〜500ナノメートル(nm)、赤い光の波長はおおよそ625〜700nmです(資料によって境界は多少異なります)。この数字が大きいほど波長が長くなります。
この波長の差が、皮膚の中での振る舞いに大きな違いをもたらします。
波長の長い赤い光は、皮膚の深いところまでしみ込んでいく性質があります。赤色LEDが真皮の深層まで届くことを利用した美容機器があるくらい、赤い光は皮膚をよく透過します。皮膚の深部まで届いた赤い光は、静脈の中を流れる暗赤色の血液(デオキシヘモグロビン)に吸収されてしまいます。
一方、波長の短い青い光は、皮膚の浅いところで散乱されて目へ跳ね返ってきやすい性質があります。
結果として、静脈の上あたりの皮膚を見ると「赤い光は吸収されて弱まり、青い光が多めに目に届く」という状況が生まれます。これが静脈を青っぽく見せる物理的な仕組みです。
「短波長の光が散乱されやすい」という点では、空が青く見える理由(大気によるレイリー散乱)と似た直感が使えます。ただし皮膚の中では、コラーゲンやメラニン、ヘモグロビンなど複数の成分による散乱・吸収が複雑に絡み合っており、大気の現象よりずっと複合的な現象です。また血管の深さや太さによっても見え方が変わります。
要因2:脳が「青い」と勘違いしている(錯視)

さらに驚きの事実があります。
立命館大学総合心理学部の北岡明佳(きたおか あきよし)教授は、錯視研究の第一人者として知られています。北岡教授は腕と脚の静脈を写真に撮り、画像処理ソフトでRGBの数値を詳しく測定する実験を行いました(日本色彩学会誌 第38巻第4号、2014年)。
その結果、驚くべきことが判明します。皮膚越しに見えている静脈部分の「見かけの色」をピクセル単位で測定すると、RGB値は「黄色がかった灰色」に近い値を示したのです。静脈の血液が赤系であることは変わりませんが、皮膚を通して見たときの見かけの色は、物理的には青ではないということです。
では、なぜ青く見えるのでしょうか。それは「色の対比(たいひ)」という脳のクセが原因です。
鮮やかな肌色(赤みを帯びた黄色)に囲まれた灰色があると、人間の脳はその灰色を肌色の反対色、すなわち青緑色として認識してしまいます。これは目の錯覚と脳での信号処理が複合的に生じる錯視現象です。
北岡教授はこう語っています。「理科の教科書や医学書でも静脈は青色で示されており、小さい頃から当たり前だと思っていたので驚いた。『青筋を立てて怒る』は、物理的に言えば『灰筋を立てて怒る』になる」(Science Portal、2014年)。
今すぐ試せる実験:まぶたの裏で確認しよう

「あっかんべー」をしてみてください。まぶたの裏は何色に見えますか?
きれいな赤色のはずです。
なぜかというと、まぶたの裏は皮膚がとても薄いため、光の散乱・吸収を左右する条件(皮膚の厚さ・組織の量・周囲の色)が手の甲とは大きく異なります。その結果、毛細血管の赤みが比較的そのまま目に届きやすくなるのです。
同じ体の中でも、皮膚の条件によってこれほど見え方が変わる。これが静脈の色の謎を解く鍵のひとつです。
この原理は医療や生体認証にも応用されている
「皮膚越しに見た静脈の見かけの色は灰色に近い」という発見や、「赤い光が皮膚深部に届く」という光学的な性質は、実用技術にもつながっています。
医療現場では、静脈注射の際に血管を見つけにくい場合に備え、近赤外線カメラで静脈を可視化する補助器具が使われることがあります。赤い光が皮膚の深部まで届き、デオキシヘモグロビンに吸収されやすい性質を利用して、静脈の位置を鮮明に映し出す仕組みです。
セキュリティの分野でも応用されています。ATMや入退室管理システムで使われる「静脈認証」は、近赤外線カメラで手のひら・指の静脈パターンを読み取り、個人を識別する技術です。富士通などが実用化しており、偽造が極めて難しい生体認証として普及しています。
身近な「なぜ?」が、医療と安全の両面で社会に役立っている好例です。
よくある疑問にお答えします
Q. 「静脈血は青い」とずっと思っていた。完全な誤解?
静脈血は「暗赤色(赤黒い色)」です。真っ青ではありません。酸素を失ったデオキシヘモグロビンの色は、酸素を持っているときの鮮紅色よりずっと暗く見えます。青く見えるのはあくまで「皮膚越しに見たとき」の光学的・知覚的な現象であり、血液そのものが青いわけではありません。
Q. 人によって静脈が緑っぽく見えることもある気がする。なぜ?
肌の色・皮膚の厚さ・照明の色温度によって、青よりも緑がかって見えることがあります。北岡教授の研究でも、錯視として誘導される色は「緑みのある青」と表現されています。これも正常な現象です。
Q. タコや貝の血液は本当に青いと聞いたことがある。本当?

本当です。タコやイカ、カブトガニなどの血液には、鉄を含むヘモグロビンではなく銅を含む「ヘモシアニン」という色素が使われています。銅が酸素と結合すると青色になるため、彼らの血液は本当に青いのです。「血が青い」のは人間ではなくこちらが正解です。
Q. 動脈と静脈で血液の色が違うのはなぜ?
ヘモグロビンが酸素を持っているかどうかの違いです。酸素を持つオキシヘモグロビンは鮮紅色、酸素を手放したデオキシヘモグロビンは暗赤色になります。体循環では、動脈は酸素を運ぶ途中の血液が流れているため鮮紅色、静脈は酸素を届け終えた血液が流れているため暗赤色となります。
Q. 静脈注射のとき血管が見つけにくいのはこの錯視が関係している?
間接的には関係しています。照明の色や肌の色によっては静脈が視認しづらいことがあります。医療現場では近赤外線カメラで静脈を可視化する補助器具が使われることもあり、光の波長の性質を活用しています。
まとめ
静脈が青く見える理由を整理するとこうなります。
静脈を流れる血液(静脈血)は「暗赤色(赤黒い色)」で、青ではありません。それが青く見えるのは、波長の長い赤い光が皮膚の深部で吸収されて弱まり、波長の短い青い光が目に届きやすくなること、血管の深さや皮膚の厚さなどの条件、そして周囲の肌色との対比によって脳が灰色を青と錯視すること、これらの複数の要因が重なった結果です。
物理的にも心理的にも、私たちは「青い」と思わされているのです。
科学の面白さは、「当たり前だと思っていたことが実は違う」という驚きの積み重ねにあります。毎日目にしている自分の手の静脈も、実は光と脳が生み出した「錯覚」だったのです。子どもと一緒に「あっかんべー実験」をやってみると、きっと科学がぐっと身近に感じられるはずです。


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