この記事は、林修先生の著書『受験必要論 人生の基礎は受験で作り得る』(集英社、2013年)を読み解いた本編記事「林修先生が受験生に贈る言葉まとめ。『受験必要論』から学ぶ、合格より大切なこと」の補足として書いたものです。本編では林先生の言葉を中心に受験の本質を掘り下げましたが、この記事では保護者の視点に絞って、受験期の子どもとの向き合い方を考えます。
林先生の著書からの引用ではなく、長年教育コンテンツに関わってきた中で見聞きしてきたこと、多くの保護者の方から伺ってきた悩みや経験をもとに書いています。
この記事でわかること

大学選びの助言
- 林先生の「感覚のインフレ」を保護者はどう受け止めるべきか
- 「いい大学に行かせたい」の裏にある本当の問い
声かけと距離感
- 受験期に避けたほうがいい声かけと、その理由
- 子どもの行動を「見ているよ」と伝える声かけの具体例
- 模試の結果が悪かったとき、受験が終わったあとの対応
- 勉強への介入はどこまでが親の仕事か
- 「見守り」では済まない場面の判断基準
心の不調への備え
- 子どもが「もう無理」と言い出したときの対応
- 専門家に頼る判断の目安
「感覚のインフレ」を親としてどう受け止めるか
本編記事で紹介した通り、林修先生は「どの大学に行くかで、人生の基準が変わる」と語っています。高いレベルの集団に身を置くと、努力することが「当たり前」になり、自分の基準が自然と引き上げられていく。これを林先生は「感覚のインフレ」と呼んでいます。
この考え方は、保護者にとって強い説得力を持ちます。「だからいい大学に入れなければ」という気持ちに直結しやすいからです。
林先生の洞察は、長年にわたって受験生を見てきた経験に裏打ちされた、鋭く本質を突いたものだと私も思います。ただ、この考え方を受け止めるときに、親として立ち止まって考えておきたいことがいくつかあります。
2026年の大学生活は、キャンパスの外にも広がっている

林先生がこの本を書いた2013年と比べて、大学生の生活圏は大きく変わっています。
インターンシップや仕事体験に参加する学生は以前より増えています。株式会社マイナビの2025年卒調査では、大学生・大学院生のインターンシップ・仕事体験参加率は85.7%でした。SNSやオンラインコミュニティを通じて、大学の外に人間関係を広げることも一般的になりました。在学中に事業を立ち上げる学生も出てきています。つまり、自分の基準をつくる「環境」が、大学のキャンパスだけに限られなくなっています。
林先生の時代には、大学で出会う人間関係がそのまま人生の基準に直結する度合いが、今よりずっと高かったはずです。今はキャンパスの外に、自分の基準を引き上げてくれるコミュニティを見つけることが、以前よりはるかに容易になっている。この変化は、保護者として知っておく価値があります。
もちろん、大学という場がつくる環境の力を否定するつもりはありません。4年間を過ごす場所の影響は今でも大きい。ただ、それが「すべて」ではなくなっているということです。
林先生自身が添えている「ただし書き」を、親こそ読み落とさない
林先生は原文の中で、「勉強面以外では優れた人もいて、どちらが良いという話ではありません」と述べています。この一文は、さらっと読み流してしまいがちですが、親にとっては非常に大切な「ただし書き」です。
「感覚のインフレ」の話を聞いたあとに、いわゆる中堅大学や地方の大学に進学する子どもの親が不安に感じることがあるかもしれません。「うちの子は、基準の低い環境に行ってしまうのだろうか」と。
でも、地方の大学に進学して、大学時代に地域活動やボランティアに没頭し、そこで築いた人間関係と経験が社会人になってからの大きな財産になっている人はたくさんいます。私が取材やインタビューを通じて出会ってきた社会人の中にも、そういう方は何人もいました。「勉強に対する基準」が人生のすべてを決めるわけではない。林先生自身がそう言っているのですから、親がこの「ただし書き」を読み飛ばしてしまうのはもったいないことです。
この考え方を「だからいい大学に入れなければ」に短絡させない
林先生の「感覚のインフレ」という洞察は、経験に裏打ちされた説得力のあるものです。ただ、どの大学で、どの学部で、どんな仲間と過ごすかによって、感覚のインフレの起き方は当然異なります。偏差値が高い大学でも、本人が合わない環境であれば基準は上がらないかもしれない。逆に、偏差値だけ見れば中堅でも、特定の分野で非常に高い水準のコミュニティがある大学もあります。
大事なのは、「自分がどんな環境に身を置くかが、自分の基準に影響する」という原理そのものを理解したうえで、大学の偏差値だけでなく、学部の特色、立地、課外活動の環境、卒業後のネットワークなど、複数の要素を合わせて考えることです。
親としてどう使うか
子どもに「いい大学に行きなさい」と言うのではなく、「4年間、自分をどんな環境に置きたいか」を一緒に考える。その問いかけのほうが、林先生の本意に近いと私は思っています。
本編記事でも書いた通り、林先生は大学選びを「偏差値の序列表を上から埋める」話としてではなく、「4年間の環境選び」として語っています。保護者としてこの視点を持っておくと、子どもとの会話の質が変わります。「どこに受かりそうか」ではなく、「どんな4年間を過ごしたいか」。その問いを親の側から投げかけられるかどうかが、大学選びの助言として最も意味のあることだと考えています。
受験期の声かけについて。何を言うかより、何を言わないか
「プロセスを見る」「結果だけで判断しない」。言葉にすると簡単ですが、実際に受験期の子どもを前にすると、何をどう言えばいいのかわからなくなることのほうが多いと思います。
ここでは、避けたほうがいい声かけと、代わりに使える声かけを整理します。
受験期に避けたほうがいい声かけ

まず、逆効果になりやすい言葉から見ていきます。
「あなたのためを思って言っているのよ」
親としては本心からの言葉です。でも受験期の子どもにとっては、これがプレッシャーの上塗りになることが多い。「あなたのため」と言われると、子どもの頭の中では「期待に応えなければならない」「失敗したら親を裏切ることになる」という方向に変換されやすいのです。
子どもは、親が思っている以上にその言葉の構造を見抜いています。「あなたのため」という言葉が、実質的には「私の期待に応えてほしい」というメッセージとして届いてしまう場面は少なくありません。
「○○ちゃんは受かったんだって」
他者との比較は、百害あって一利なしです。本人も内心ではすでに周囲と比較して苦しんでいることが多い。学校で友人の合格を聞いて、「おめでとう」と言いながら内心は胸が痛い。そこに帰宅して親からも比較されると、家庭の中にすら逃げ場がなくなります。
親に悪気がないことは子どもにもわかっています。わかっているからこそ、「傷ついた」と言えない。言えないまま蓄積していく。そのことを知っておくだけでも、この言葉は口から出にくくなるはずです。
「もっと頑張りなさい」
受験直前期には特に逆効果になりがちです。本人なりに頑張っている場合、「もっと」がどこまでなのかが見えない。天井のない要求をされている感覚になります。
塾の自習室に毎日通い、夜遅くまで勉強して帰ってきた子どもに「もっと頑張りなさい」と言ったら、翌日から自習室に行かなくなった。そういう話は珍しくありません。
「もっと頑張れ」と言いたくなる気持ちの裏には、親自身の不安があります。子どもの将来が心配だから、もっとやってほしい。その不安自体は自然なものですが、それを「もっと頑張れ」という形で子どもに渡してしまうと、子どもは自分の不安に加えて親の不安まで背負うことになります。
子どもの行動を「見ているよ」と伝える声かけの具体例

では、代わりにどう声をかけるか。
私が多くの保護者に伝えてきたのは、「事実を描写する」声かけです。
「昨日は遅くまでやっていたね」
「最近、数学の問題集が進んでいるね」
「朝早く起きるようになったね」
評価や判断を加えない。「すごいね」も「偉いね」もいらない。目に見える行動をそのまま言葉にするだけでいい。
この声かけが伝えているのは、「あなたのことを見ているよ」というメッセージです。受験期の子どもが最も不安に感じるのは、「自分の努力は誰にも見えていないのではないか」ということです。結果がまだ出ていない段階で、努力そのものに気づいてくれている人がいる。それだけで、子どもの心はかなり安定します。
「頑張っているね」と言うのと、「最近、毎日自習室に行っているね」と言うのは、似ているようで違います。前者は親の評価が入っています。後者は事実の描写です。評価は、受け取る側に「もっと頑張らないと」というプレッシャーを与えることがあります。事実の描写は、ただ「見ている」ということだけを伝えます。
些細な違いに思えるかもしれません。でも受験期のように心が敏感になっている時期には、この違いが大きく響きます。
模試の結果が悪かったとき、受験が終わったあとの対応
子どもが模試の結果を持って帰ってきて、明らかに落ち込んでいる。そういう場面は受験期には何度もあります。
私自身、保護者から「模試の結果を見て動揺してしまって、つい余計なことを言ってしまった」という話を何度も聞いてきました。子どもの模試の判定を見て思わず「これで大丈夫なの」と言ってしまい、子どもがその日から模試の結果を見せなくなった。そういうケースは少なくありません。
模試の結果が悪かったとき、親がやるべきことはひとつだけです。「どこが難しかった?」と聞くこと。
「なんでこんな点数なの」ではなく、「何が難しかったのか一緒に見てみようか」。実際に問題を一緒に見る必要はありません。その姿勢を示すだけで十分です。子どもは「責められていない」と感じます。
模試の結果は、子ども自身が一番気にしています。親に言われなくても、自分でわかっています。そこにさらに親から追い打ちをかけられると、結果を隠すようになる。結果を隠すようになると、親は子どもの状況が見えなくなる。見えなくなると、もっと不安になって、もっと口を出したくなる。悪循環の始まりです。
「どこが難しかった?」のひと言は、この悪循環を止めるためのものです。
受験が終わったあとの対応についても、ここで触れておきます。
結果がどうであれ、受験が終わった日にやるべきことがあります。合否に触れる前に、プロセスを認める。この順番が大事です。
「この半年、あなたが毎日机に向かっていたことを、ちゃんと見ていたよ」
合格していたら、親は嬉しくて結果の話をしたくなります。不合格だったら、親も動揺して何を言えばいいかわからなくなります。どちらの場合でも、最初のひと言はプロセスへの言及であってほしいのです。
合格した場合。「おめでとう」はもちろん言います。でもその前に、「この1年、よく頑張ったね」が先に来る。そうすることで、子どもは「合格したから認められた」のではなく、「頑張ったこと自体が認められた」と感じます。
不合格だった場合。「残念だったね」と言いたくなるかもしれません。でもその前に、やはり「この1年、あなたがどれだけやっていたか、見ていたよ」が先に来てほしい。本編記事で紹介した林先生の言葉、「完璧に力を出し切ったけど落ちた。これは別に問題ない」を思い出してください。全力を尽くした経験は、結果に関わらず財産になります。その財産を親が認めることで、子どもは次の一歩を踏み出しやすくなります。
不合格のあと、浪人か進学かを考える場面で

不合格だったとき、「浪人してもう一度挑戦するか」「合格した大学に進学するか」という判断が生まれることがあります。この場面は、受験期の中でも親の関わり方が最も難しい局面のひとつです。
親にも意見はあります。経済的な事情もあります。「もう1年やれば届くのではないか」という期待もあれば、「ここで切り替えたほうがいいのではないか」という判断もある。どちらも正当な考えです。
ただ、ここで守ってほしい原則があります。情報は出す。でも決定権は本人に渡す。
「浪人した場合の費用はこれくらいかかる」「合格した大学にはこういう学部がある」「去年の合格者の体験談にこういうものがあった」。こうした情報を整理して提示するのは、親の重要な仕事です。子ども自身はこの時点で冷静な情報収集ができる状態にないことが多いからです。
一方で、「浪人しなさい」「もうやめて進学しなさい」と親が決めてしまうと、どちらを選んでも子どもの中に「自分で決めた」という感覚が残りません。浪人して翌年うまくいかなければ「親に言われたから浪人した」になる。進学して合わなければ「親に言われたから進学した」になる。
この判断を自分でさせることは、ある意味で受験そのものより大きな経験になり得ます。不本意な結果を受けて、限られた選択肢の中から自分で道を選ぶ。それは本編記事で林先生が語っていた「踏ん張る力」そのものです。
親にとっては、子どもが迷っている姿を黙って見ているのがつらい場面です。答えを出してあげたくなる。でもここで親が肩代わりしてしまうと、子どもは「自分の人生を自分で決めた」という実感を持てないまま次のステージに進むことになります。
もちろん、経済的な制約がある場合は率直に伝えて構いません。「浪人は経済的に難しい」というのは判断材料であって、決定の押しつけではありません。制約を伝えたうえで、その中で本人に選ばせる。それが、この場面での親の仕事だと考えています。
勉強への介入はどこまでが親の仕事か
親が悩むもうひとつの大きな問題が、「どこまで口を出すか」という線引きです。
正直に言えば、この問題に対する完璧な正解は、私にもわかりません。教育に関わってきた中で、口を出しすぎて子どもが委縮してしまったケースも見てきましたし、逆に親が何も言わなかったために子どもが完全に方向を見失ったケースも見てきました。どちらに転んでも後悔する可能性がある。だからこそ、ひとつの目安が必要です。
私がたどり着いた考え方は、「環境を整えるのは親の仕事、その環境の中で何をするかは子どもの仕事」というものです。
親の仕事
静かに勉強できる場所を確保する。自宅に適切なスペースがなければ、図書館や塾の自習室など、外の選択肢を一緒に探す。
食事と睡眠のリズムが崩れないようにする。受験直前期は生活が不規則になりがちです。夜中まで勉強して朝起きられない、食事を抜くといった状態が続くようなら、「何時に寝ろ」と命じるのではなく、「朝ごはんは何時に用意しておくね」と環境のほうを調整する。
必要な教材や模試の費用を出す。経済的なサポートは、子どもには代替できない親の役割です。
塾や予備校の情報を集めて選択肢を提示する。ここで大事なのは「提示する」までが親の仕事で、「どこに通うかを決める」のは子どもの仕事だということです。
子どもの仕事
どの教科をどの順番で勉強するか。今日は何時間やるか。どの参考書を使うか。志望校を最終的にどこにするか。
これらはすべて、子ども自身が決めることです。
もちろん、子どもから「どう思う?」と聞かれたら、一緒に考えます。情報を提供することも大切です。「この大学はこういう学部があるらしいよ」「オープンキャンパス行ってみたら」。そこまでは親の領域です。でも、最終的な決定は本人にさせる。
なぜか。自分で決めたことにしか、人は本気で取り組めないからです。
親が決めた志望校、親が作った勉強計画。それでうまくいけばいいのですが、うまくいかなかったとき、子どもの中に「お母さんが言ったからやったのに」「お父さんが決めたのに」という言い訳が生まれます。それは言い訳であると同時に、子どもの本音でもあります。自分で選んでいないものに全力を注ぐのは、大人でも難しい。
自分で決めて、自分でやって、結果を自分で引き受ける。このプロセス全体が、本編記事で紹介した林先生の言う「踏ん張る経験」です。親が肩代わりしてしまうと、踏ん張る機会そのものを奪ってしまうことになります。
「見守り」では済まない場面の判断基準

ここまで、「口を出さない」「見守る」ことの大切さを書いてきました。ただ、見守りの姿勢を貫くことが常に正解とは限りません。親が声をかけたほうがいい場面は、確かに存在します。
私が見てきた中で、「ここは介入してよかった」というケースに共通していたのは、子ども自身が情報不足のまま判断しようとしている場面でした。
たとえば、志望校選び。子どもが「なんとなくこの大学がいい」と言っているけれど、学部の内容も就職状況もほとんど調べていない。オープンキャンパスにも行っていない。そういう場合に、「一回調べてみたら」と声をかけるのは、介入ではなく情報提供です。
あるいは、勉強法。明らかに非効率なやり方を続けていて、本人もうまくいっていないと感じている様子がある。でも自分からは「どうすればいいかわからない」と言い出せない。そういうときに、「塾の先生に一度相談してみたら」と提案するのも、踏み込みすぎではありません。
判断の目安として、私は次のように考えています。
子どもが「自分で考えたうえで決めている」なら、見守る。「考える材料がないまま止まっている」なら、材料を渡す。
この区別が大事です。自分なりに考えて出した結論が親から見て最善でなくても、それは本人の判断として尊重する。でも、そもそも判断するための情報や選択肢が足りていないなら、それを補うのは親の仕事です。
もうひとつ。生活面で明らかな異変が出ている場合——昼夜逆転が2週間以上続いている、食事をほとんどとっていない、まったく勉強していないのに「大丈夫」と言い張っている——こういった場合は、見守りの段階を超えています。後述する「専門家に頼る判断の目安」と合わせて、早めに対応を検討してください。
「放任」と「見守り」は違う
ここで誤解してほしくないのは、「口を出さない」と「関心を持たない」はまったく別のものだということです。
子どもが何を勉強しているかに関心を持つ。志望校について子どもが話し始めたらちゃんと聞く。部屋の明かりが遅くまでついていたら、翌朝「昨日は遅くまでやっていたね」とひと言だけ声をかける。
口は出さないけれど、目は離さない。手は出さないけれど、心は向けている。この距離感が、「見守り」です。
子どもは、親が見ていないようで見ていることに、ちゃんと気づいています。気づいているからこそ、安心して自分の判断で動ける。見守りとは、子どもが安心して失敗できる環境をつくることでもあります。
親自身のメンタルについて
ここでひとつ、介入の話と地続きのこととして書いておきたいことがあります。
受験期にメンタルがきつくなるのは、子どもだけではありません。親もです。模試の結果に一喜一憂する。志望校の判定が下がるたびに胃が痛くなる。「自分の育て方が間違っていたのではないか」と夜中に考え込む。そういうことは、多くの保護者が経験しています。
親が不安を感じること自体は、何も悪いことではありません。子どもの将来を心配するのは、子どもを大切に思っているからです。
ただ、その不安を子どもにぶつけないための工夫は必要です。配偶者に話す。友人に話す。同じ受験生の親同士で話す。方法は何でもいい。自分の不安を自分の中だけに溜め込まず、どこかに逃がす経路を持っておくこと。親の精神状態は、思っている以上に子どもに伝わります。親が穏やかでいられることが、子どもにとって最大の環境整備になることもあります。
子どもが「もう無理」と言い出したときの対応

受験直前期に、子どもが急に「もう無理」「やめたい」と言い出すことがあります。泣き出したり、部屋に閉じこもったり、逆にまったく勉強しなくなったり。
私がこれまでに聞いてきた中で、こういった変化は決して珍しいことではありません。受験のストレスは、大人が思っている以上に子どもの心と体に影響を与えます。
そういうとき、親としてまずやるべきことは、すぐに解決しようとしないことです。
やりがちだけど逆効果なこと
「大丈夫、あなたならできる」と励ましたくなる気持ちはよくわかります。でもそれは、本人が「大丈夫じゃない」と感じている気持ちを否定することになりかねません。
子どもが「もう無理」と言っているとき、その言葉の裏にあるのは「助けてほしい」かもしれないし、「ただ聞いてほしい」かもしれない。どちらにしても、「大丈夫だよ」は求められている応答ではないことが多いのです。
「そんなこと言わないで、頑張りなさい」はもっと危うい。本人が助けを求めているサインに対して、それを突っぱねることになります。
ある保護者の方の話ですが、お子さんが夕食の席で「もう受験やめたい」と言い出したとき、「何を言っているんだ、ここまでやってきたのに」と返したそうです。子どもはその日から食事を一緒にとらなくなり、部屋にこもるようになった。悪気はなかったのです。でも、子どもが勇気を出して口にした言葉を正面から否定してしまったことで、それ以降、子どもは何も言わなくなってしまった。
まずやること
「そうか、つらいんだな」と受け止めるだけでいい。
解決策を提示しなくていい。「じゃあこうすればいいんじゃないか」というアドバイスもいらない。ただ、「つらいんだね」と、本人の感情をそのまま認める。
これは簡単なようで、親にとっては非常に難しいことです。自分の子どもが苦しんでいるのを目の前にして、何もしないでいるのは苦しい。何かしてあげたい、何か言ってあげたいと思うのが自然です。
でも、この場面での「何もしない」は、実は「最も大事なことをしている」のです。子どもの感情を否定せずに受け止めること。それ自体が、子どもにとっては大きな支えになります。
気持ちを受け止めてもらえた子どもは、少しずつ自分で立ち直る力を取り戻していきます。親が解決しなくても、子どもは自分で回復する力を持っています。ただし、その力を発揮するためには、まず「自分の気持ちを否定されない」という安心感が必要です。
専門家に頼る判断の目安
ただし、注意が必要な場合もあります。
「もう無理」という状態が数日で落ち着かず、1週間以上続いている。食欲が明らかに落ちている。眠れていない様子がある。朝起きられなくなっている。それまで好きだったことにまったく興味を示さなくなっている。
こういった変化が見られる場合は、受験のストレスが一時的な落ち込みを超えて、心身の不調につながっている可能性があります。
その場合は、学校のスクールカウンセラーに相談することを選択肢に入れてください。スクールカウンセラーは、受験期の生徒のメンタルヘルスについて専門的な知識を持っています。文部科学省の資料でも、スクールカウンセラーの職務には「保護者に対する助言・援助」が含まれています。「うちの子に限って」と思いたくなる気持ちはわかりますが、相談するかどうかを迷う段階にいるなら、相談したほうがいいと私は考えます。
学校のスクールカウンセラーに相談しにくい場合は、各自治体の教育相談窓口や、子どもの心の相談ができる外部機関もあります。
受験のストレスが深刻な不調につながるケースは、決して珍しくありません。「受験くらいで」と軽視してしまうと、対応が遅れることがあります。親だけで抱え込まないということも、親の大切な仕事です。
まとめ:親にできるのは「見ていること」と「待つこと」

受験期の親の仕事を一言でまとめるなら、「環境を整えて、見ていて、待つ」ことだと思います。
口を出したくなる場面は山ほどあります。でも、子どもが自分で決めて、自分で踏ん張って、自分で結果を引き受ける。その経験こそが、受験を通じて得られる最大の財産です。
林先生が本編記事で語っていた「ここぞというときに踏ん張れる人間になれるか」という問いは、子どもだけに向けられたものではないと私は思っています。親もまた、子どもの受験という局面で試されている。口を出さずに見守ることは、ときに子ども以上に難しい「踏ん張り」かもしれません。
この記事の内容を、最後にひとつずつ振り返ります。
- 大学選びの助言は、「どこに入るか」より「どんな環境に身を置きたいか」を一緒に考えること。
- 声かけは、評価や比較ではなく、事実の描写で「見ているよ」を伝えること。
- 介入の線引きは、「子どもが自分で考えて決めているか、材料が足りず止まっているか」で判断すること。
- 結果が出たら、合否に触れる前にプロセスを認めること。
- 子どもの不調が続くときは、親だけで抱え込まず専門家を頼ること。
- 親自身の不安も、どこかに逃がす経路を持っておくこと。
合否がどうであれ、「あなたが頑張っていたことを、ちゃんと見ていたよ」。その一言を、結果が出る前から心の中に用意しておいてほしいと思います。
参考までに。それでは!
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→ 子どもを褒めて育てても大丈夫?正しい褒め方について
教育機会の格差について考える記事です。
→ 教育格差とは?教育機会の均等化を考える
参考サイト
- 文部科学省「資料6 『スクールカウンセラー』について」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/066/shiryo/attach/1369883.htm - 文部科学省「緊急スクールカウンセラー等活用事業実施要領」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1373180.htm

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