前回の記事(「教育格差とは?定義・原因・日本の実態をデータで解説」)では、日本の教育格差の実態をデータで確認しました。大学進学率に都道府県間で30ポイント以上の差があること、生活保護世帯の子どもの進学率が全体を大きく下回ること、子どもの約9人に1人が相対的貧困の状態にあること。数字は明確でした。
前回の記事の最後で、「努力すれば報われる」という信念を一度立ち止まって考え直してみたい、と書きました。この記事では、その約束を果たします。
ここからの話は、人によっては居心地が悪いかもしれません。自分の成功を振り返ったとき、「これは自分が頑張ったからだ」と思いたい気持ちは自然なものです。私自身もそうです。しかし、その「頑張れた」こと自体が、どこから来ているのかを考えると、話はそう単純ではなくなります。
1. 学力には遺伝の影響がある。ただし「決まっている」わけではない

教育格差を語るうえで避けて通れない、しかしあまり正面から語られないテーマがあります。遺伝の話です。
行動遺伝学という分野があります。双子(一卵性双生児と二卵性双生児)を比較することで、人間のさまざまな特性に対する遺伝と環境の影響の割合を推定する学問です。この分野では、数十年にわたって膨大な研究が蓄積されてきました。
学力や教育達成に対する遺伝の影響を調べた研究は数多くあります。28の双生児コホートを統合的に分析した大規模研究(Silventoinen et al., 2020, Scientific Reports)では、教育達成の遺伝率は約0.43と報告されています。また、学校成績の安定性を調べた英国の双生児研究(Rimfeld et al., 2018, npj Science of Learning)では、学校成績の個人差に遺伝要因が大きく寄与していることが示されています。
日本では、慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康氏が日本の双子を対象にした研究を長年続けており、著書『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書、2016年)の中で、学力の個人差に対する遺伝の影響はおおむね50%前後であると述べています。
研究や対象集団、測定方法によって数字には幅がありますが、総合すると、学力や教育達成の遺伝率はおおむね40〜60%程度の範囲で報告されていることが多いと言えます。
この数字の意味を正確に理解する
ここで、「遺伝率50%」という数字の意味を正確に確認します。非常に誤解されやすいポイントです。
遺伝率50%は、「ある人の学力の50%が遺伝で決まっている」という意味ではありません。
遺伝率とは、集団の中で個人差がばらつく原因のうち、遺伝的な差異で説明できる割合のことです。つまり、「Aさんの数学の点数80点のうち40点分は遺伝のおかげ」という解釈は完全に間違いです。
もう少し正確に言えば、ある集団の中で、「なぜこの人は成績が高く、あの人は低いのか」というばらつきの原因を分解したときに、そのばらつきの約半分が遺伝的な違いと関連している、という意味です。
これは集団レベルの統計量であり、特定の個人について「あなたの学力のうち何%が遺伝ですよ」と言えるような数字ではありません。
遺伝率は環境によって変わる

もう一つ重要なことがあります。遺伝率は固定された数字ではなく、環境によって変動します。
環境が均一に整っている集団では、個人差のばらつきの原因として環境差が占める割合が小さくなるため、相対的に遺伝率は高く出ます。逆に、環境の差が大きい集団では、環境要因がばらつきの多くを説明するため、遺伝率は低く出ます。
これは重要な点です。「遺伝率が高い」ということは、「環境を変えても無駄だ」という意味ではありません。むしろ、環境がある程度揃っている状態を反映している可能性があります。教育環境を整えて全員に十分な機会を提供すれば、環境の違いに起因する不公平な差は縮まります。その結果、集団の中で観察される個人差は、環境の差よりも本人の持つ素質の違いをより反映するようになります。統計的には、環境差が縮まった集団ほど遺伝率は高く観察される傾向があります。これは「遺伝が大事だから環境は関係ない」という主張とは正反対です。
遺伝の影響がある。これは事実です。しかし、その事実から導かれる結論は「だから仕方ない」ではなく、「だからこそ環境を整える意味がある」です。
2. 遺伝と環境は独立ではない

ここまでに学力に遺伝の影響があること、そしてそれは「決定論」ではないことを確認しました。では、教育格差との関係で何が問題になるのか。
問題は、遺伝と環境が独立に作用するのではなく、互いに絡み合っているという点です。
遺伝-環境相関という現象
行動遺伝学では、「遺伝-環境相関」(gene-environment correlation)という概念があります。遺伝と環境が統計的に無関係ではなく、関連しているという現象です。
たとえば、知的好奇心に関わる遺伝的素質が高い子どもは、自ら本を手に取りやすく、結果として読書量が増え、言語能力がさらに高まるかもしれません。これは「能動的遺伝-環境相関」と呼ばれるもので、本人の遺伝的傾向が環境選択に影響するケースです。
もう一つ、教育格差の議論でよく取り上げられるのが「受動的遺伝-環境相関」です。これは、親が自分の遺伝的素質を活かして一定の社会経済的地位を獲得し、その結果として子どもに恵まれた家庭環境を提供する。同時に、遺伝を通じて素質の一部も子どもに受け渡される。つまり、親から子への影響は、家庭環境の伝達と遺伝的な連続性の両方を含んでいる、という考え方です。
ここでの慎重さについて
ただし、この「受動的遺伝-環境相関」の議論は慎重に扱う必要があります。
「経済的に恵まれた家庭の子は遺伝的にも有利で、厳しい家庭の子は遺伝的にも不利だ」という単純化は、この概念から導かれるものではありません。家族のSES(社会経済的地位)と子どもの教育達成の相関の一部に遺伝的な重なりがあることを示す研究はありますが(Krapohl & Plomin, 2016, Molecular Psychiatry)、それは「経済力=遺伝的優劣」を意味するものではありません。
ここで言えるのは、親から子への影響は家庭環境だけでは説明しきれない部分があること、そして家庭環境の有利さと遺伝的素質の有利さを完全に切り分けることが難しいということです。このことが意味するのは、「環境を整えれば格差はすべて解消する」という単純な処方箋は楽観的すぎるかもしれないということです。同時に、「遺伝が関与しているから手を打っても意味がない」という結論もまた間違いです。
環境が遺伝のポテンシャルを「引き出す」か「抑え込む」か

遺伝と環境の関係を考えるうえで重要な研究があります。
アメリカの心理学者エリック・タークハイマーらは、低SES家庭ではIQの分散に占める共有環境の比重が大きく、高SES家庭では遺伝の比重が大きいという結果を報告しました(Turkheimer et al., 2003, Psychological Science)。つまり、経済的に厳しい環境では、遺伝的なポテンシャルの違いよりも環境の制約が支配的になる可能性がある、という知見です。
この研究が示唆するのは、環境が十分に整っていれば、子どもは自分の持つ素質をより自由に発揮できるが、環境が制約的であれば、どんな素質を持っていてもそれが十分に引き出されにくいということです。
ただし、この知見の一般化には注意が必要です。英国の大規模双生児研究(Hanscombe et al., 2012, PLoS ONE)では、SESが修飾したのは環境の効果であり、遺伝の効果はSESによってほとんど変わらなかったと報告されています。オーストラリアの研究(Bates et al., 2016, Intelligence)でも、IQの遺伝率とSESの交互作用は確認されませんでした。一方、ドイツの大規模双生児研究(Gottschling et al., 2019, Intelligence)では、中児童期から青年期にかけてある程度支持する結果も得られています。
つまり、「貧しい環境では遺伝的ポテンシャルが抑え込まれる」というタークハイマーのパターンは、国や研究によって結果が分かれています。アメリカのように所得格差が極めて大きい社会では見られやすいが、社会保障が比較的整った国では顕著に現れないのかもしれません。
それでも、極端に不利な環境が子どもの発達を制約するという基本的な知見は、教育研究全体を通じて一貫しています。タークハイマーの具体的なパターンがどこでも再現されるかは議論の余地がありますが、環境整備の重要性そのものは揺らぎません。
この構造が教育格差を「自然に見せる」

遺伝と環境の絡み合いが生み出す最もやっかいな効果は、教育格差を「自然なもの」に見せてしまうことです。
恵まれた家庭の子どもが高い学力を発揮したとき、周囲は「やはり能力がある子は伸びるんだ」と納得しやすい。逆に、厳しい環境の子どもが伸び悩むのを見て、「まあ、向いていなかったんだろう」と解釈しやすい。
しかし、その「能力差」に見えるものの中には、環境条件の差が混ざり込んでいます。恵まれた家庭の子は、素質だけでなく環境の後押しによっても伸びている。厳しい環境の子は、素質を持っていたとしても、それが十分に引き出されていない可能性がある。
教育格差が「能力の差」として自然化されると、格差を是正する動機が社会から失われます。「もともと能力が違うんだから仕方ない」という認識が広がれば、格差縮小のための政策も支持されにくくなる。
これが、教育格差が構造的に再生産され続ける理由の一つです。
3. 「努力」の正体を考える

前回の記事の最後に、「努力」という言葉の意味を考え直すと予告しました。ここでそれを行います。
努力を可能にする条件
「結局は本人の努力次第だ」。これは教育格差の議論で最も頻繁に聞く言葉の一つです。
ここでは、「努力」そのものを分解して考えます。努力とは、何かの目標に向かって継続的に行動することです。それには、少なくとも次のような条件が必要です。目標をイメージできること。そこに至る道筋についての情報があること。努力に費やす時間と心身の余裕があること。そして、努力が報われるだろうという見通しがあること。
これらの条件は、すべて家庭環境に大きく左右されます。
大学に行ったことのない家庭の子どもにとって、「大学に行く」という目標はイメージしにくいかもしれません。受験の仕組みや志望校選びの情報を自力で集めなければならない子どもと、家庭内で自然に得られる子どもの間には大きな差があります。家庭の経済的事情でアルバイトをしなければならない高校生は、勉強に使える時間が根本的に限られます。周囲に進学した人がいない環境では、「勉強して何になるのか」という疑問も浮かびやすい。
前回の記事で「文化資本」や「情報の格差」として述べた問題が、ここに直結しています。努力の前提条件が不均等に配分されている以上、「あとは本人次第」という言葉は、条件が揃った側からの視点にすぎません。
「努力できる気質」にも遺伝の影響がある
さらに踏み込んで考えると、努力を続けるための自制心や粘り強さといった気質そのものにも、遺伝の影響があることがわかっています。
英国の双生児サンプルを用いた研究(Rimfeld et al., 2016, Journal of Personality and Social Psychology)では、「やり抜く力(grit)」の構成要素であるperseverance(粘り強さ)のおよそ37%が遺伝的要因で説明されると報告されています。この研究ではさらに、gritが学業成績を予測する力は、より広い性格特性であるconscientiousness(誠実性)をほとんど上回らないことも示されています。
安藤寿康氏も前掲の著作の中で、勤勉さや自制心といった性格特性に遺伝の影響があることを繰り返し指摘しています。
つまり、「努力できる」こと自体が、ある程度は遺伝的な素質に支えられている面があります。
もちろん、遺伝の影響があるからといって、努力の価値がなくなるわけではありません。遺伝率はあくまで集団レベルの統計量であり、個人が環境や経験を通じて成長する余地は十分にあります。しかし、「努力するかどうかは完全に本人の自由意志である」という前提は、科学的に見て正確ではないのです。
「努力次第」は恵まれた人の世界観かもしれない
「努力すれば報われる」という言葉は、多くの場合、実際に努力して報われた人の口から出てきます。そして、その人は善意でそう言っています。
しかし、その人が振り返って「自分は努力した」と感じている背景には、努力を可能にする条件がある程度揃っていた可能性が高い。目標のイメージがあった。情報があった。時間と余裕があった。報われる見通しがあった。そして、努力を続けられる気質があった。これらの条件が揃っていたこと自体が、すでに一定の幸運です。
「努力次第」という言葉は善意から発せられるがゆえに反論しづらく、しかも構造的な問題を個人の責任に転嫁する効果を持ちます。「あの人は努力が足りなかったんだ」と言った瞬間に、なぜその人が努力できなかったのかという問いは消えてしまいます。
私は「努力は無意味だ」と言いたいのではありません。努力は重要です。しかし、努力が報われる条件を整えることなく「努力しろ」と言うのは、無責任です。
4. この議論への反論に答える

ここまでの議論に対して、いくつかの反論が予想されます。
「遺伝の話を持ち出すのは危険ではないか」
この反論はよく理解できます。遺伝と能力の話は、歴史的に優生思想と結びつけられてきました。「遺伝で能力が決まる」という主張が、特定の集団を排除する論理に使われた暗い歴史があります。
だからこそ、正確に語る必要があると私は考えています。
遺伝の影響を「ない」ことにしても、問題は解決しません。むしろ、遺伝の影響を無視した「完全な環境決定論」のほうが、「恵まれた環境を与えたのにうまくいかなかったのは本人のせいだ」という論理を生みやすい面があります。
遺伝の影響を認めたうえで、だからこそ環境整備が必要だと論じることは、優生思想とは正反対の立場です。優生思想は「遺伝的に劣る者は排除すべきだ」と言います。この記事が主張しているのは「遺伝的な差異に関わらず、すべての人が自分のポテンシャルを発揮できる環境を整えるべきだ」ということです。
「遺伝のせいにしたら、誰も努力しなくなるのではないか」
これも自然な懸念です。
しかし、「遺伝の影響がある」ことと「遺伝で決まっている」ことはまったく違います。遺伝率が40〜60%ということは、残りの40〜60%が環境や偶然で説明されるということでもあります。その中に、本人の行動や、周囲からの支援や、社会の仕組みが含まれています。
そして先に述べたように、環境を整えることは遺伝的なポテンシャルがより活かされる状態を作ることでもあります。環境整備は努力の価値を高めるのであって、下げるのではありません。
努力しても報われにくい環境を放置するほうが、よほど「誰も努力しなくなる」社会を作るのではないでしょうか。
「では、何をすればいいのか」
この問いは反論というより、最も建設的な問いかけです。そしてこの問いへの答えは、次の記事で具体的に取り上げます。
ここでは一つだけ述べておきます。遺伝と環境の絡み合いを理解することは、「誰のせいか」を特定するためではなく、「どこに介入すれば効果的か」を考えるためです。遺伝は変えられません。だからこそ、変えられる部分、つまり環境と制度に全力を注ぐ。それが、この記事から導かれる実践的な結論です。
5. このブログを8年書き続けてきた理由

私がこのテーマを8年書き続けてきた理由は、教育格差というものが、本人の努力だけでは説明しきれない構造だと思っているからです。
高い学歴や教育に関する情報を持つ親は、経済的にも有利な立場にあることが多い。経済力があれば、子どもに塾や習い事や本や静かな学習環境を与えやすい。そうして育った子どもは、また良い大学に進み、良い収入を得て、自分の子どもに同じように投資していく。この流れを見ていると、教育格差は放っておけば広がる方向に働くのだと感じます。
しかもやっかいなのは、この構造がとても自然なものに見えてしまうことです。伸びた子どもを見ると、人は「本人が優秀だったからだ」と言いたくなる。逆に、うまくいかなかった子どもを見ると、「努力が足りなかったのではないか」と考えたくなる。でも実際には、その前の段階で与えられていた条件が違う。私はそこを、どうしても無視できません。
もちろん、この構造を完全に止めることはできないと思っています。社会から差をゼロにすることはできないし、遺伝や家庭環境の違いそのものを消すこともできません。
それでも、縮めることはできるかもしれない。少なくとも、昔よりはできることが増えています。地方に住んでいても、家庭に大きなお金がなくても、以前より質の高い学びに触れられる手段は増えました。私はそこに希望を感じています。
この問題に関心を持ってほしいのは、親御さんだけではありません。むしろ、自分の成功は自分の努力だけでつかんだものだと思っている人にこそ、一度立ち止まって考えてみてほしいと思っています。努力が重要なのは間違いありません。でも、努力できる条件そのものが人によって違うのだとしたら、その成功は本当に「努力だけ」で説明できるのか。私はその問いを、ずっと持ち続けています。
このブログでやりたいのは、誰かを責めることではありません。恵まれた家庭を攻撃したいわけでも、努力の価値を否定したいわけでもない。ただ、見えにくい構造を見えるようにしたいのです。本人の責任として片づけられがちな問題の背後に、どんな条件の違いがあるのかを、できるだけ言葉にしたい。
それが、このテーマを書き続けている理由です。
まとめ
この記事で考えてきたことを振り返ります。
学力には遺伝の影響がある。双生児研究の蓄積は、学力や教育達成の個人差のおおむね40〜60%が遺伝的な差異と関連していることを示しています。ただし、遺伝率は「個人の学力の何割が遺伝で決まるか」を意味するものではなく、集団レベルの統計量です。そして遺伝率は環境によって変動します。
遺伝と環境は独立に作用するのではなく、互いに絡み合っています。親から子への影響には家庭環境の伝達だけでなく遺伝的な連続性も含まれうるため、環境要因だけで教育格差の全体を説明しきることは難しい。同時に、環境が制約的であれば遺伝的なポテンシャルの発揮も制約されるという知見は、環境整備の必要性を裏付けています。
「努力次第」という言葉の背後には、努力を可能にする条件が不均等に配分されているという現実があります。さらに、努力を続ける気質そのものにも遺伝の影響があることが研究で示されています。
これは「だから何をしても無駄だ」という話ではありません。まったく逆です。遺伝は変えられない。だからこそ、変えられるもの、つまり環境と制度を整えることにこそ意味があります。すべての子どもが自分のポテンシャルを発揮できる条件を作ること。それが、教育格差の構造を理解したうえで到達すべき結論だと考えています。
親や家庭のレベルで今日から何を変えられるかについては、「勉強が苦手な子に『努力しろ』と言う前に知っておきたい遺伝の話」で具体的に整理しています。
次の記事(「教育格差を縮めるために今日からできること」)では、具体的に何ができるのかを、政策レベルから個人の行動レベルまで、実用的に整理します。
参考までに。それでは!
参考文献
安藤寿康『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書、2016年)
安藤寿康『遺伝と環境の心理学:人間行動遺伝学入門』(培風館、2014年)
Silventoinen, K. et al. (2020) “Genetic and environmental variation in educational attainment: an individual-based analysis of 28 twin cohorts”, Scientific Reports, 10, 12681.
Rimfeld, K. et al. (2018) “The stability of educational achievement across school years is largely explained by genetic factors”, npj Science of Learning, 3, 16.
Rimfeld, K. et al. (2016) “True grit and genetics: Predicting academic achievement from personality”, Journal of Personality and Social Psychology, 111(5), 780-789.
Turkheimer, E. et al. (2003) “Socioeconomic Status Modifies Heritability of IQ in Young Children”, Psychological Science, 14(6), 623-628.
Hanscombe, K.B. et al. (2012) “Socioeconomic Status (SES) and Children’s Intelligence (IQ): In a UK-Representative Sample SES Moderates the Environmental, Not Genetic, Effect on IQ”, PLoS ONE, 7(2), e30320.
Bates, T.C. et al. (2016) “When does socioeconomic status (SES) moderate the heritability of IQ? No evidence for g × SES interaction for IQ in a representative sample of 1176 Australian adolescent twin pairs”, Intelligence, 56, 10-15.
Gottschling, J. et al. (2019) “Socioeconomic status amplifies genetic effects in middle childhood in a large German twin sample”, Intelligence, 72, 20-27.
Krapohl, E. & Plomin, R. (2016) “Genetic link between family socioeconomic status and children’s educational achievement estimated from genome-wide SNPs”, Molecular Psychiatry, 21, 437-443.
Polderman, T.J.C. et al. (2015) “Meta-analysis of the heritability of human traits based on fifty years of twin studies”, Nature Genetics, 47(7), 702-709.
松岡亮二『教育格差:階層・地域・学歴』(ちくま新書、2019年)
文部科学省「平成29年度 全国学力・学習状況調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究(保護者に対する調査)」

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