【スタディサプリ売却報道】980円で学びの入口をこじ開けた功績

「良い授業を、手の届く値段で」の見出しと、授業を映す大きなパソコンへ向かう子どもたち。スタディサプリが広げた学びの機会を表す。 雑学・教養
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スタディサプリを、リクルートが売却する方針だという報道が出ました。2026年10月15日付の私塾界が、前日の日経報道を紹介しています。事業の担い手が変わる可能性についての報道で、サービス終了を意味するものではありません。

「売却」と聞くと、うまくいかなかった事業を手放すような印象を持つかもしれません。でも、私はこの話を、かなり前向きに受け止めています。

リクルートは、大きな役目を果たした。良い授業を、手の届く値段で、全国の子どもに届ける。そのやり方を世の中に示し、教育の選択肢を変えた。だから、次の担い手に任せてもいいと思うのです。

売却そのものは、まだ成立を確認できていません。それでも、この機会にどうしても書いておきたい。私にとってスタディサプリは、教育の革命でした。

「勉強しろ」の前に、その子が勉強できる環境はあるのか

遠くの校舎へ続く道と、費用を考える親子、自宅のパソコンで授業を受ける子ども。距離と費用の壁に対する学び方の選択肢を示す。

子どもは、親を選べません。生まれる場所も選べません。それなのに、住んでいる地域と親の収入によって、受けられる授業に差がつく。

近くに良い塾がない。予備校に通うお金がない。そういう子に「努力が足りない」と言ったところで、先生が近所に引っ越してくるわけでも、授業料が湧いてくるわけでもありません。本人がどうにもできない条件をそのままにして、努力だけを求める。それを当たり前にしていいのでしょうか。

例えば、塾代が月3万円かかる家庭を考えてください。1年で36万円、同じ料金で3年間なら108万円です。夏期講習や冬期講習が別なら、さらに増える。きょうだい3人に同じだけかければ、合計324万円になります。

一度払って終わるお金ではありません。食費も家賃も払ったうえで、毎月、何年も出し続けるお金です。親だって良い教育を受けさせたいでしょう。でも、「子どものためなら何とかなる」で、家計は回りません。

そこに登場したのが、受験サプリの月980円でした。2013年の高校生向け基礎講座の料金です。現在の料金ではありません。

当時の980円が変わらないと仮定して単純計算すると、1人分は年1万1,760円、3年で3万5,280円。3人分でも3年間で約10万6,000円です。教材費や通信費は別で、対面の塾と支援内容も違います。それでも、毎月の支払いを見て諦めていた家庭が、「これなら続けさせられる」と考えられる金額になる。

安いことに意味があるんです。子どもが学び続けられるかどうかに関わるのだから。

「安かろう悪かろう」かと思ったら、関正生先生が来た

英語の講師が、数学や理科などを表す本を持つ四人の講師を紹介する場面。「講師紹介の模式図」と記し、各教科の講師をそろえる様子を表す。

その月980円で受けられたのは、5教科8科目、600以上の授業です。英語を選んだら、数学は我慢する。理科と社会までは、お金が回らない。そういう教科ごとの取捨選択を、対象の基礎講座ではしなくてよくなった。

でも、ここで疑いたくなりませんか。

「いきなり登場した受験サプリなんて、誰が使うの? 月980円で5教科って、安かろう悪かろうなんじゃないの?」

そこで出てくるのが、英語の関正生先生です。私が当時驚いたのは、東進でも教えていた人気講師の関先生を、連れてきちゃったことです。

その関先生を迎えた。それだけで、リクルートがどれほど本気なのかが伝わってきました。安く授業を並べるだけなら、ここまでの講師を連れてくる必要はない。本当に良い授業を、全国の子どもに届けようとしているのだ、と。

講師を集める過程にも、その本気が表れています。山口文洋さんが2015年の対談で語ったところでは、関先生は参加するにあたり、他の科目にも自分と同じ水準の講師をそろえることを求めたそうです。山口さんが約束すると、関先生は自ら実力を認める講師たちを紹介したそうです。

有名な先生を一人、看板に立てて終わりではありません。授業の質を知る先生が、ほかの授業の質にも妥協しない。その顔ぶれで、月980円です。これは本気で教育を変えに来たのだと、私は思うんです。

企業が安い仕組みをつくるだけでは、良い授業は生まれません。教える力を持った人が、そこに乗ってくれた。その授業が、都市まで通えない子にも、予備校代を十分に出せない家庭にも届く。授業の質、場所、値段。この三つを一緒に変えようとしたから、革命だったのです。

映像授業には、1991年に衛星授業を始めた東進などの先駆者がいます。その積み重ねの先で、リクルートは低価格で複数教科を選び、自宅で学べる形を打ち出しました。

塾の都合より、子どもが学べることのほうが大事だ

塾には家賃も人件費もかかります。教科ごとに料金をもらい、教室を維持していく。山口さんも2014年のインタビューで、月々数万円の授業料と校舎・組織を前提にする予備校は、980円のモデルへ踏み込みにくいと分析していました。今までの授業料で通っていた生徒が安いサービスへ移ることを考えれば、簡単に踏み切れる話ではないでしょう。

そこへリクルートが、校舎を持たず、少数の講師で授業を届ける仕組みを持ち込みました。2013年の公式発表にも、それが低価格を実現した理由だと書かれています。さらに山口さんは2014年、大学からの広告収入も低価格を支えたと説明しています。既存の進学情報事業の営業網も使って、家庭の支払いだけに頼らない仕組みを組んでいたのです。

2013〜2014年当時の受験サプリの運営を示す模式図。受講料と大学からの広告収入、校舎を持たず少数の講師で配信する仕組みを示す。

既存の塾にとっては、歓迎しにくい競争かもしれません。でも、塾にとって都合がいいことと、子どもにとっていいことは同じではありません。今までの料金を守るために、学べない子がいる状態まで守る必要はないはずです。

家庭が「払うか、諦めるか」のほかに、「こちらで学ぼう」と言えるようになる。授業の質だけでなく、値段と届け方まで比べて選べるようになる。教育にこういう競争を持ち込んだことを、私は強く支持します。

ニコニコ動画を見て、月500円の教育を考えていた

実を言うと、私も2011年ごろ同じようなサービスを考えていました。

定年退職したけれど、まだまだ教えられる先生たちと協力して、オンライン教育をつくれないかと考えていました。頭にあったのは月500円です。定年退職した先生方に、少ない報酬でも協力してもらえないかと考えていました。

ちなみになぜ500円かと言いますと、きっかけはニコニコ動画でした。当時のプレミアム会員は、私の記憶では月500円くらいだったんです。ニコニコ動画と同じようにやれば、500円でも授業の動画配信ができると考えていました。

やりたかったことは、はっきりしていました。どの地域にも、どの家庭にも、良い授業を届けたい。親の財布の事情で、子どもが挑戦する前から諦めてしまう状況を変えたい。教育格差をなくしたかったのです。

当時は、500円ならどんな家庭でも払えるだろう、と考えていました。

だから、スタディサプリには強く共感しました。私が「あったらいい」と考えていた環境が、実際に使えるサービスとして目の前にある。しかも、経験豊かな講師を集めて、手の届く値段で届けている。私の「定年退職した先生方と作る」みたいな考えを、スタディサプリは「一流の講師を集めて月980円」でやっちゃったんです。すごすぎ。

私がこのサービスを何度も紹介してきたのは、そのためです。こんなものがあるなら、知ってほしい。塾代で悩む家庭にも、近所に良い先生がいない子にも、届いてほしいと思ってきました。

私自身も、理系だったので文系の知識を増やしたくて利用しました。手始めに受けようと思ったのは、高3向けの政治経済、その経済編です。高校で選ばなかった科目を、大人になってから学び直せる。スタディサプリは子どもだけでなく、大人にも学び直しの場を提供してくれます。

理科を思わせる本と経済の本を机に置き、パソコンの授業を見ながらノートを取る大人。以前の専門に限らず学び直せることを表す。
大人の学び直しを表すイメージ

やり遂げた仕事がある。だから、次に渡していい

今では、スタディサプリのほかに、中高生向けの映像授業を無料で提供する「Try IT」もあります。スタディサプリ自身も学校へ広がり、リクルートの発表では、2024年3月時点で2,322の高校が導入していました。

塾や予備校へ通う費用を出せなくても、自宅で授業を受ける方法を選べる。しかも、その選択肢は一社に限られない。私は、この状態を広げたことにスタディサプリの大きな功績を見るのです。

端末や通信環境は必要ですし、授業が見られるだけで成績や進学の格差までなくなるわけではありません。一人では勉強を進められない子を、どう支えるかという仕事も残っています。でも、だからといって、良い授業を受けるところまでの壁を崩した価値が小さくなるでしょうか。

会社自身の売却理由とは別に、私はこの報道を「世の中に残る仕事をした、その次の節目」と受け止めています。学びたい人が使える形で続くなら、リクルートが永遠に持ち続ける必要はありません。

次の担い手にお願いしたいのは、980円の精神を手放さないことです。昔と同じ料金に固定してほしいのではありません。家庭が払えるか。何年も続けられるか。地方からでも良い授業を受けられるか。その問いを、事業の真ん中に置き続けてほしい。

良い授業を受ける機会まで、親の収入と住所で仕分けられたくない。そう思っていた私に、スタディサプリは一つの答えを見せてくれました。

ありがとう、スタディサプリ。そして、この仕組みを世の中に出したリクルート。

あなたたちがこじ開けた学びの入口を、次の担い手にも開け続けてほしい。どこに生まれた子にも、「ここで学べるよ」と言える未来を、これからも残してほしいと思います。

*関連記事

参考資料

確認日:2026年10月19日。

リクルートマーケティングパートナーズ:月額980円の基礎講座、5教科8科目と講師陣(2013年3月15日、PDF)
https://oldrelease.recruit-holdings.co.jp/wp-content/uploads/_old/newsroom/recruit-mp/news/pdf/20130315_01.pdf

リクルートマーケティングパートナーズ:オンライン予備校の開始、所得・地域格差への問題意識と端末からの受講(2012年10月15日、PDF)
https://www.recruit.co.jp/newsroom/recruit-mp/news/pdf/20121015_01.pdf

リクルート:スタディサプリ高校講座の字幕表示(2025年2月17日。導入校数は2024年3月時点)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002924.000011414.html

ナガセ:沿革、1991年の衛星授業・1992年の東進衛星予備校
https://www.toshin.com/nagase/history/

私塾界:スタディサプリ売却方針の日経報道を紹介(2026年10月15日。日経元記事と売却成立は未確認)
https://www.shijyukukai.jp/2026/10/31013

Try IT公式:中学生・高校生向けの無料映像授業(2026年10月19日確認)
https://www.try-it.jp/

秀英予備校:関正生・伊藤賀一両氏の書籍発売(2013年5月9日。関先生の当時の所属を確認)
https://kyodonewsprwire.jp/release/201305081677

紀伊國屋書店:『世界一わかりやすい英作文の授業』著者紹介(刊行当時の経歴として東進ハイスクールでの講師歴を記載)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784806131564

ダイヤモンド・オンライン:山口文洋氏と入山章栄氏の対談(2015年9月16日。関先生を含む講師陣の招聘経緯)
https://diamond.jp/articles/-/78363

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:山口文洋氏インタビュー前編(2014年3月13日。講師の質、固定費と広告収入)
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/2454?page=3

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:山口文洋氏インタビュー後編(2014年3月14日。既存予備校の事業モデルと競争)
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/2458?page=2

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