【中学生でも簡単にわかる】硤合憲三さんは何がすごい?分子の「右と左」がそろう不思議

青とオレンジの分子を左右に配置し、ほぼ半々だった二つの形が、化学反応によって片方に大きく偏っていく様子を表したイラスト 雑学・教養
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ここに100個の分子があると想像してみてください。分子とは、水などの身近な物質をつくる、目に見えないほど小さな粒の一つです。

分子の中には、右手と左手のように形が違う2種類があるものもあります。ここでは仮に「A型」と「B型」と呼んでみましょう。数えてみると、A型が51個、B型が49個。その差はたったの2個です。

ところが、ある化学反応を繰り返していくと、最初はほとんど同じ数だったのに、A型が全体のほとんどを占めるようになるのです。いったい、なぜ片方ばかりが増えていくのでしょうか。

この不思議な現象を実際の化学反応で示したのが、日本の化学者・硤合憲三(そあい・けんそう)さんたちです。2026年のノーベル化学賞は、フランスの化学者アンリ・B・カガンさんと硤合さんに贈られました。

二人はいったい何を発見したのでしょうか。まずは、分子に「右手と左手」があるという、ちょっと不思議な話から見ていきましょう。

分子にも「右手」と「左手」がある

左右の手と、鏡を挟んだ青とオレンジの分子を並べ、鏡写しの関係にある二つの分子の立体的な形の違いを説明するイラスト

自分の両手をじっくり見てみてください。どちらも指は5本で、形もよく似ています。でも、右手をどんなに回しても、左手とぴったり重ね合わせることはできませんよね。右手と左手は、鏡に映したような関係になっているからです。

実は、分子の世界にもこれとよく似た関係があります。分子は「原子」というさらに小さな粒が結びついてできています。使われている原子の種類も数も、つながり方も同じなのに、立体的な形が鏡写しになっていて、どうしても重なり合わないペアが存在するのです。

このような一対の分子を「鏡像体(きょうぞうたい)」と呼びます。そして、鏡に映した形と重ならない性質のことを「キラリティー」といいます。

難しい名前ですが、ここで覚えてほしいのは、同じ材料からできていても、右手と左手のように重ならない二つの形があるということです。そして、このわずかな形の違いが、私たちの体にとっても重要な意味を持っています。

生き物は、なぜか片方の形ばかり使っている

右手用の手袋に左手を入れようとしても、指の形が合わなくてうまく入りません。これと似たことが、私たちの体内でも起きています。

体の中で大切な働きをするタンパク質の中には、相手の分子の形を見分けて結びつくものがあります。そのため、材料が同じ分子であっても、A型とB型では体への働き方が大きく違うことがあるのです。

さらに不思議なのは、生き物がタンパク質を作るとき、ほぼ決まった形の材料を使っているという事実です。筋肉や皮膚などをつくるタンパク質は、「アミノ酸」という部品がたくさんつながってできています。このアミノ酸の多くにも、右手と左手のような二つの形があります。

化学の世界では、この形を「L型」と「D型」と呼んで区別しています。これは原子の立体的な並び方につけられた名前で、L型がそのまま左手型、D型が右手型という意味ではありません。

驚くことに、地球上の生き物が普通にタンパク質を作るときには、基本的にL型のアミノ酸を使います。グリシンのように左右の区別がないアミノ酸もありますが、二つの形を持つアミノ酸では、一方の形が主に選ばれているのです。

一方、遺伝情報を保存するDNAや、その情報を利用するときに働くRNAには、D型の糖が使われています。つまり生命をつくる重要な分子の中には、二つの形のうち、一方が圧倒的に多く使われているものがあるのです。

では、なぜこんな偏りが生まれたのでしょうか。

本来は半々になるはずなのに、なぜ片方ばかりになる?

青とオレンジの分子が、ほぼ同じ割合を保ったまま数を増やす様子を、左右の分子の集まりと矢印で比較した図解のイラスト

左右のどちらも同じように作られる化学反応で、片方を特別に有利にする条件がなければ、できあがるA型とB型は基本的に半々になります。50対50です。それなのに、生命の世界では一方の形が主に選ばれています。

この謎を解くには、問題を二つに分けて考えると分かりやすくなります。一つ目は、最初のほんのわずかな左右差がどこから生まれたのか。二つ目は、そのわずかな差がどうやって極端に大きくなったのか、という問題です。

実は1953年、イギリスの物理学者フランクが、二つ目の疑問について興味深い理論を提案していました。

「自分と同じ分子を増やす仕組み」と「少しでも数が多い方がさらに有利になる仕組み」が組み合わされば、最初の小さな左右差が大きくなるのではないか、という考え方です。

同じ色同士の分子の組と、異なる色が混ざった働きにくい組を比較し、左右の分子の割合に差が広がる仕組みを表したイラスト

理論として考えることはできても、それを本物の化学反応で実現するのは簡単ではありませんでした。その仕組みを、もう少し詳しく見ていきましょう。

作った分子が、次の分子を作る手助けをする

化学反応とは、ある物質が別の物質へと変化することです。その反応を進みやすくする助っ人のことを「触媒(しょくばい)」と呼びます。触媒は反応のたびに使い切られるのではなく、繰り返し働くことができます。

では、反応で生まれた分子自身が、自分と同じ分子を新しく作る手助けをしたらどうなるでしょうか。最初にできたA型が次のA型を作るのを手伝い、新しくできたA型が、さらに次のA型作りを手伝っていく。これを「自己触媒(じこしょくばい)」と呼びます。

青い分子が次の同じ分子を作る反応を助け、繰り返すうちに青い分子が多数を占めるようになる自己触媒の仕組みを描いたイラスト

工場で完成したロボットが、自分と同じロボットを組み立てる作業を手伝い始めるようなイメージです。もちろん、組み立てるための材料は別に必要です。

これなら、どんどん分子が増えていきそうに思えます。しかし、ここには大きな落とし穴がありました。

51対49を2倍にしても、割合は変わらない

最初にA型が51個、B型が49個あったとします。どちらも同じように増えて、数が2倍になったらどうなるでしょうか。

A型は102個、B型は98個になります。たしかに数の差は2個から4個へと広がりました。しかし、割合を計算してみると51対49のままです。A型が全体の51%を占めている状態は、最初からまったく変わっていません。

つまり、ただ自分と同じ分子を増やすだけでは、左右の偏りは大きくならないのです。

では、どうすれば偏りを広げられるのでしょうか。必要なのは、少しでも数の多かったA型が、B型よりもさらに有利に作られるようになる仕掛けです。

ここで、もう一人のノーベル賞受賞者であるカガンさんの発見が登場します。

カガンさんの発見。「混ざると働きにくい」が鍵になる

1986年、カガンさんたちは、右手と左手の形を作り分ける触媒を研究している中で、とても興味深い現象を発見しました。触媒に使った分子の左右の割合から予想されるよりも、できあがった分子の偏りがずっと大きくなる反応があったのです。

いったい、なぜそんなことが起きたのでしょうか。

その理由を説明する一つの考え方が、触媒として働く分子が組になったときの働き方の違いです。

たとえば、A型とB型が2個ずつペアを作るとします。ペアの組み合わせは「AとA」「BとB」「AとB」の3通りです。ここで、もしもAとBが混ざったペアはうまく働けず、同じ形同士のペアはよく働けるとしたら、どうなるでしょう。

最初にA型が少しだけ多かったとします。数の少ないB型から見ると、周りには自分と同じB型よりもA型が多くいます。そのため、B型はA型と混ざったペアに入る割合が高くなり、B型同士のよく働くペアを作りにくくなります。

A型にも同じことは起こりますが、A型はもともとの数が多いため、A型同士のペアは相対的に作られやすいのです。すると、実際によく働くペアの割合では、最初の小さな左右差がさらに大きく現れる場合があります。

その結果、できあがる分子もA型に大きく偏ることがあるのです。

このように、触媒の左右の割合と、できあがる分子の左右の割合が単純な比例関係にならない現象を「非線形効果(ひせんけいこうか)」と呼びます。カガンさんたちは、この非線形効果を実際の化学反応で明らかにしました。

ただ、カガンさんが調べた反応は自己触媒ではありませんでした。できあがった分子が、次の同じ分子を作る反応を助けるわけではなかったのです。

硤合さんは「自分で増える」と「偏りが大きくなる」を結びつけた

硤合さんも、分子の左右の形と触媒について研究を続けていました。1990年には、できた分子が次の同じ分子を作るのを助ける自己触媒反応を報告します。しかし、この段階では左右の偏りを大きくすることはできませんでした。

転機が訪れたのは1995年です。

硤合さんたちは科学誌『Nature』に、左右のわずかな偏りを大きくしながら、できた分子が次の反応を助けるという画期的な実験結果を発表しました。

スタート時の割合は、およそ51対49。反応でできた分子を次の反応に使い、これを繰り返したところ、最終的にはおよそ94対6という大きな偏りが生まれたのです。

数が増えただけではありません。新しく作られる分子そのものが、最初よりも片方に偏っていたのです。

では、なぜそんなことが可能だったのでしょうか。

なぜ、多い側がさらに有利になるのか

その仕組みを理解する鍵の一つが、先ほどの「分子が組になったときの働き方の違い」という考え方です。

硤合反応では、できあがった分子が亜鉛と結びついた物質などが、次の反応を助けます。その物質がどのように集まって働くかが、左右差を増幅するうえで重要だと考えられています。

先ほどのペアの例を思い出してください。A型が少し多い状態では、少数派のB型はA型と混ざった組に入る割合が高くなります。もし混ざった組が働きにくければ、B型だけのよく働く組は相対的に少なくなります。

すると、A型を新しく作る反応が有利になります。さらに、増えたA型に由来する物質が次の反応を助ければ、A型はますます増えやすくなります。最初はほんのわずかだった左右差が、反応を繰り返すことで大きくなっていくのです。

これは仕組みを理解するための簡単なモデルです。実際の硤合反応では、2個だけでなく複数の分子が集まった構造や、反応途中に生じる物質なども研究されています。2020年や2025年にも新しい研究結果が報告されており、詳しい仕組みの解明は今も進んでいます。

それでも、硤合さんたちが実験で示したことの価値は変わりません。

自分と同じ分子を増やす力と、少し多い側をさらに有利にする力。

この二つが一つの化学反応の中で結びつき、わずかな左右差が大きくなることを実際の分子で示したのです。

これが「硤合反応」として知られる大発見です。

400万個のうち、たった2個の差から

硤合さんたちの挑戦は、これだけでは終わりませんでした。どこまで小さな左右差からでも偏りを増幅できるのか、さらに研究を進めたのです。

化学では、左右の形の偏り具合を「ee(鏡像体過剰率)」という数値で表すことがあります。たとえばA型が51%、B型が49%なら、その差は2ポイントなので「2% ee」となります。

2003年、硤合さんたちの研究チームは約0.00005% eeという、ほとんど差のない状態から反応を始めました。このときは研究者たちが、ごくわずかな左右差を持つ試料を意図的に用意しています。

これがどれほど小さな差かというと、たとえば全体で400万個の分子があったとして、A型が2,000,001個、B型が1,999,999個という割合です。400万個のうち、たった2個多いだけ。ほとんど半々といえる状態です。

ところが、このわずかな差を出発点に自己触媒反応を3回繰り返したところ、偏りは99.5% eeを超えました。

これは、多い側が99.5%になったという意味ではありません。二つの形の割合の差が99.5ポイントを超えたということです。つまり、多い側は全体の99.75%を超え、少ない側は0.25%未満になったのです。

最初はほとんど見分けがつかないほど小さかった偏りが、たった3回の連続した反応で、片方がほぼすべてを占める状態まで大きくなりました。

左右を決める物質を加えなくても、一方へ偏った

さらに不思議な実験があります。

今まで紹介した2003年の実験では、研究者が意図的にほんの少しだけ左右差のある試料を用意していました。では、左右のどちらかを有利にする物質を、最初から意図的に加えなかったらどうなるのでしょうか。

硤合さんたちは2003年、そうした条件でも一方の形が大きく増えることを報告しました。ある実験ではA型が多くなり、別の実験ではB型が多くなったのです。

そして、アメリカの研究者であるシングルトンさんとヴォーさんが、同じ種類の反応を54回調べたところ、興味深い結果が得られました。一方の形が多くなったのが27回、もう一方の形が多くなったのも27回。ちょうど半々に分かれたのです。

これは、反応が始まったときのごく小さな偶然の左右差が、反応によって大きくなったという考え方とよく合います。

ただし、この結果だけで、純粋な偶然だけが原因だったと証明されたわけではありません。ごく微量の不純物などが結果に影響する可能性もあります。また、54回の結果が半々だったことは、必ず50%ずつの確率で起こるという意味でもありません。

それでも、左右のどちらかを有利にする物質を意図的に加えなくても、一方の形が圧倒的に多くなる結果が生まれたことは、大きな成果でした。

炭素のわずかな重さの違いも、きっかけになる

硤合反応の敏感さを物語る、もう一つ面白い実験があります。

物質の材料になる炭素原子には、重さがほんの少しだけ違う「炭素12」と「炭素13」という種類があります。2009年、硤合さんたちの研究チームは、この重さの違う炭素がどこにあるかによって、鏡に映した二つの形になる分子を使いました。

原子の重さと配置が少し違うだけなので、その影響は非常に小さく、普通の方法では見分けにくいものです。

それにもかかわらず、この分子をきっかけに硤合反応を進めると、最終的には大きな左右差を持つ分子ができました。最初に使う分子の形を変えると、できあがる分子がどちらに偏るかも変わったのです。

ほんのわずかな違いが、化学反応によって大きな結果につながる。硤合反応の敏感さがよく分かる実験です。

それなら、生命が生まれた謎も解けたの?

実験室のフラスコと青とオレンジの分子、原始地球をイメージした海や火山を描き、生命の起源に残された謎を表現したイラスト

ここまで読むと、「太古の地球でも同じようにして、生命の材料が片方の形にそろったのではないか」と思うかもしれません。

しかし、生命誕生の謎がすべて解けたわけではありません。

硤合反応を起こすには、「ジイソプロピル亜鉛」という、水や空気と反応しやすく、取り扱いに注意が必要な特殊な薬品を使います。つまり、大昔の地球の環境をそのまま再現した実験ではないのです。

ですから、太古の地球で硤合反応そのものが起こり、生命の材料が片方の形にそろったと証明されたわけではありません。地球で最初の左右差がどのように生まれたのかも、まだ完全には分かっていません。

それでも、硤合さんたちの研究が科学に与えた影響は大きなものです。

1953年にフランクが理論として考えた「わずかな左右差が、化学反応の中で自分を強めながら大きくなる」という仕組みが、現実の分子でも実現できることを示したからです。

また、カガンさんの非線形効果の発見は、目的の形の分子を優先して作る化学反応を理解するうえでも重要な役割を果たしています。これは医薬品などの開発にも関わる研究分野です。

二人の研究は、生命の起源という大きな謎に手がかりを与えるとともに、化学反応の仕組みそのものへの理解を深めたのです。

まとめ:なぜノーベル賞なのか

右手と左手のように、鏡写しの関係にある分子の世界。私たちの生命は、なぜか特定の形の分子を主に使っています。

しかし、ただ分子を増やすだけでは、左右の割合を変えることはできません。

カガンさんは、触媒にある小さな左右差が、できあがる分子では予想以上に大きく現れる「非線形効果」を発見しました。そして硤合さんは、できた分子自身が次の反応を助けながら、左右の偏りをさらに大きくしていく仕組みを実現しました。

生命の起源という壮大な謎のすべてが解けたわけではありません。それでも、ほとんど差のない状態から、片方が圧倒的に多い状態が生まれ得ることを、実際の化学反応で示したのです。

小さな違いが、反応を繰り返す中でさらに大きな違いへと育っていく。

そんな自然界の不思議につながる仕組みを、実験で確かめられるようにしたこと。

これこそが、ノーベル化学賞に輝いた大きな理由なのです。

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参考資料の閲覧日:2026年10月9日。

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